<20歳の初・飛行機→30歳の海外フリーランサーへの道>

Lifestyle
ポリニャーノ・ア・マーレ(イタリア)

新年が明けてからもうすでに2週間が経ちました。よく30歳からの人生は時間が経つのが早いと聞くものですが、まさにこういうことなんだなーって実感する機会が多くなりました。

ドイツ・ベルリンに住み始めて早3年。今までの海外生活がついに計6年を経過しました。10年前の自分が今の生活を想像していたかと聞かれれば、100%予想していないと答えるでしょう。

今までの生活を顧みながら、自分がなぜ海外生活をするようになったか、こちらを紹介していきたいと思います。

~ 大学時のカナダ交換留学 ~

自分が初めて飛行機に乗ったのは20歳の時でした。もしかしたら「え、ばちくそ遅くね?」とか言われるかもしれませんが、これは変えることのできない事実ですので置いておき。(20歳以降に飛行機に初めて乗った人を悪く言っているわけでもありません。そしてばちくそって今の20代は言うのか。)ただそれぐらい、当時の自分は海外生活に関しては無知。飛行機の乗り方さえわからず、ただあわあわしていたことを思い出します。

当時通っていた都内の大学とカナダのビクトリア大学の間で、初めてその年に長期の交換留学プログラム協定が結ばれ、それに運よく当選したのがきっかけでした。その頃の自分はというと、大学で英語の専門コースを受講していたというものの、英語が話せるとは到底言えないレベル。それに加え海外バージンとあれば、起こること全てが本当に初体験でした。ドアtoドアでかかった時間は22時間。機内では安心して寝ることもできず、乗り換えもあり、バスに乗り継ぎ、フェリーに乗り、タクシーでなんとかキャンパス内のドミトリーへ到着。ただただ疲れましたが、あの大自然でゆらゆらフェリーに揺られながら初めて外国の風を感じ、タクシーの窓から眺めたあの見慣れない街の風景といったら、そりゃもう感動です。

今でもタクシーの運転手さんが「お腹空いてるならサンドイッチ屋さん寄ってってあげるから、そこで何か買うといい」と言って寄り道してくれたことを覚えています。運転手さん、タクシーに置きぼりにしたスーツケースを盗まれるんじゃないかと疑ってしまったこと、謝罪申し上げます。

ニューヨーク・ブルックリン

~ 約2年間のオーストラリア生活 ~

カナダから帰国して都内の大学を卒業後、オーストラリアへワーキングホリデービザを使って渡豪。この期間はもう本当に、これでもかってぐらい個人的に大変な思いをしました笑オーストラリアだからっていうわけではなく、ただ単に自分の人間的な未熟さが引き起こしたトラブルだったのでここでは言いませんが、逆にそれが英語スキルを向上させるきっかけになったと思います。

というのも、やはり語学力を向上させるには「聞く・話す」が一番だと思います。この頃の自分はとにかくコミュニケーションばっちこい精神で、間違いを恐れずに話しまくっていました。またトラブルが多くあった分、そこで負けじと自分の想いを伝えなければならなかったという状況が、逆にいえば良かったのかもしれません。ポジティブに考えれば。

海外で初めて仕事をしたのもこの時で、色々大変な思いをしたこともありました。うまく意思疎通ができないことも日常茶飯事。ただ確実に語学力が伸びていったことははっきりと覚えています。

よく、「日本人は文法とは知ってるけどトークができない」だとかを耳にするのですが、正直否めないのかもとか思ったり。例えばヨーロッパ人は英語が話せるとかっていうのも納得です。もちろん全ての日本人が、また全てのヨーロッパ人がそうだというわけではありませんが、確かにヨーロッパ人は話すのが大好きだし、自分の意見を伝えたいという意思が根底にあるからなのか、会話が途切れません。もちろん、英語ネイティブな訳ではないので文法的な間違いもめちゃくちゃします。でもお互いにネイティブではない2人が、英語で意思疎通しながら笑い合えることができるって、すんごいことだと思いません?

別に英語は自分もまだまだだし、誰かに「こうしろ」なんて偉そうなことは言えませんが、語学力の向上を目指すなら、間違ってもいいから人と触れ合えってことなんだ、と自分の経験から学びました。正直、語学を学びたいって言ってるのに人と触れ合うのはちょっと、というのは矛盾しているということですもんね。

~ 日本で働くということ ~

オーストラリアから帰国してしばらくしてから、学生の頃からの夢だった英会話講師として従事することに。仕事自体は非常にやりがいがあり、自分の仕事が誰かのためになってる、という感覚が毎日感じられる日常でした。本当にこの頃に出会った人には感謝感謝。

自分が正規として日本で働くのはその時が初めてであり、これが日本のビジネス社会というものなのか、とばかりにいろいろな経験をしたわけです。(でも本当にこの時の経験は今でも感謝しているし、それがなかったら今の自分はいないだろうな、とも感じる。)ただそれとともに、海外でもう一度生活することに挑戦したい、自分の理想の生き方に近づけるように挑戦したい、と次第に思うようになりました。

別に日本の会社が嫌だとか、海外の方が優れているとか、全然そういうわけではなくて。ただ単純にその時の自分の心情や環境が自分の望んでいる環境ではなかったというだけです。正直、今自分が日本に戻ったら、再度その日本特有のビジネス社会に揉まれるのも悪くないかも、って思う時もありますし。

ポーランドのとあるお城

~ 日本の自分と世界の自分 ~

自分で言うのもおかしいかもしれませんが、自分の周りには本当に素晴らしい友達がたくさんいます。家族も自分の生き方に協力的だし(たぶん色々と思うところはあると思うけど)、日本に住んでいても不自由のない生き方ができたんだろうなって思います。だからといってそのセーフティーゾーンに留まることで、本当にやりたいことにチャレンジすらせずに毎年大晦日を迎えるのかと考えたら、今行動しなきゃいけないんじゃないかと気づいたんです。

その1歩を踏み出す勇気が、当時の自分には確かにあったんだって気づいて、「よくやったよな、自分」て思うと同時に、30代の自分にもそんな力がどっかしらに隠れてるんじゃないかなって希望が湧いたりも。歳をとるごとに人生経験は増えていろんなことを知っていくけれど、それが故に保守的になったり、なんでもない1歩を踏み出すことが億劫になったりする機会は間違いなく増えました。その度にいつも「こんなこともできないのか、俺って」とか思ってヘコんだり。

海外にいると、周りに頼れる機会が少ない分、確実に行動力がついたり語学力もアップしたりと、生きる力が身につくのは確かです。もちろん良いことばかりが起きるわけではないし、なんならうまくいかないことばかりな時もあるけれど、ただその分何かをやり遂げた時はもうこれでもかってぐらいに嬉しさ異常。

そんな嬉しさを味わうために自分も海外にいるのかもしれないな、なんて、これを書きながら考えている IMANARI ですどうぞよろしく。

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